社会福祉法人 光風会

焼け跡に手をさしのべて

%e7%84%bc%e3%81%91%e8%b7%a1%e3%81%ab%e6%89%8b%e3%82%92%e3%81%95%e3%81%97%e3%81%ae%e3%81%b9%e3%81%a6平成28年10月22日から平成29年1月15日まで横浜市都市発展記念館で行われている企画展のタイトルです。副題は「戦後復興と救済の軌跡」、昭和20年8月の敗戦後、横浜の復興への軌跡と戦争被害者に対して救済の手を差しのべた横浜の人々の取り組みについて紹介した企画展です。
昨年、戦後横浜の社会福祉事業について、横浜市都市発展記念館の調査研究員の西村健氏より連絡を受け、光風会のホームページに戦災孤児を保護したという記載がありましたのでお話を聞かせてほしいとのことでした。
ご存知のように、社会福祉法人光風会の前身は、横浜市神奈川区にある財団法人紫雲会「横浜病院」内にあった、「光風園」から始まったものです。初代理事長の須藤英雄氏が戦災孤児を引き取り病院内で保護したもので、昭和28年に児童福祉法による精神薄弱児施設として神奈川県では戦後初めて認可された民間施設です。このことは、平成28年3月31日に発行された、「横浜都市発展記念館紀要 」第12号に詳しく掲載していただきました。
その後、今回の企画展でも紹介したいとのことで、光風会が所蔵する写真や看板を貸し出すことになったものです。
私は、10月30日(日)に会場である、横浜市都市発展記念館に行ってきました。場所は東急・東横・みなとみらい線の「日本大通り」駅で、2階が企画展の会場入口です。
企画展の最初に「光風園」の看板が展示(滋賀県近江学園の糸賀一雄氏の直筆看板との説明書きがある。)されており、とてもうれしく感じました。戦争孤児を保護した平野恒の活動や高風子供園の紹介、昭和41年に放映されたTBSドラマ『木下恵介劇場 記念樹』
は同園をモデルにしたものといわれており、挿入歌の「さくらのなえがおおきくそだつころぼくらはみんなおとなになるんだ・・・」口ずさんだ覚えがあります。戦後の食糧事情に貢献したララ物資などの説明が展示紹介されています。
引揚者の受入れを行った「金沢郷」は、神奈川県知的障害施設団体連合会、協会創立50周年記念号「のびろ」にも紹介されており、「神奈川の福祉の原点は金沢郷にあり」といわれています。戦後の横浜でいろいろな方が孤児たちを支えています。皆さんも是非見に行っていただきたいと思います。